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【1】さいごの果実 (前編) 

さがしてばかりの僕たちは
鏡のようによく似てるから
向き合うだけでつながるのに
触れ合う事はできないまま
目をこらした
手をのばした



土曜日のカフェは結構な人の入りで賑わっていた。蜜琉を筆頭に、神風や雪白に真田、新しく入った店員が忙しそうに接客をこなしていた。

「昼時はほんと忙しいよなー、ったく江間の野郎サボってねーで来いっての」

雪白が少し拗ねたような顔でそんな事を言う時は、顔が見れなくて寂しい時だと言うのを知っているので誰もが優しく笑う。

「ハクヤ、そう言わないで・・・良将先輩もきっと忙しいんだと思うし」

神風がおずおずとそう声を掛ける。でもさーと口を尖らせた雪白に、真田がからかう様に笑う。

「ハクヤちゃんは、良将ちゃんの事大好きだもんねー、にゃははっ」

「そんなんじゃねーよっ!!俺は忍のが好きだしなっ」

「ま、またハクヤはそういう事を・・・!」

何時も通りの風景に蜜琉が微笑む。けれどその風景にはオレンジの彼が足らないのだ、それが少しだけ気にかかる。
最近の良将は少し変だと思うからこそだろうか、ほんの少し歯車がずれたような感覚に陥って頭を軽く振った。

「蜜琉先輩・・・大丈夫か?頭でも痛いのか?」

その様子を見た神風が軽く首を傾げて心配そうな顔で蜜琉を見つめた。

「ううん、大丈夫よぅ!ほら、ちょっと忙しかったから疲れただけよ!」

平気平気と手を振る、お昼のピークは過ぎたもののまだ忙しい時間帯だ。
もうちょっと頑張りましょうと声を掛けて、にっこりと蜜琉が笑った。他の者も、その言葉に頷いて動き出す。

何時もの、土曜日だ――――。
ピークが過ぎ、お客さんの数も少なくなった二時過ぎ頃。ゴミを捨てて、ついでにカフェ前の掃除をしようと箒とちりとりを持って蜜琉が外に出た。裏手のゴミ箱にゴミを捨て、表に回った。
視界に、見慣れたオレンジ色が映る。どうして、見慣れているはずの彼を知らない人のように思ってしまったのだろうか。カフェを見つめる顔がぼんやりとして、今にもどこかに行ってしまいそうに見えたからだろうか。
ふるり、と頭を振って、踵を返そうとした良将に声を掛けた。

「今週は忙しかったの? 野獣さん」

その声に反応して良将が返事をする、やっぱり何時もより元気がない沈んだ感じの声に聞こえる。

「今日は?」

「…これからアミーゴいこっかなって」

柔らかい拒絶に聞こえて、蜜琉は少し寂しい気持ちになったけれどそれでも微笑んで、いってらっしゃいと見送った。その後姿にどうしようもなく不安な気持ちになって唇を噛んだ。

カフェの中に戻って溜め息を吐いた蜜琉に、忍が心配そうに覗き込む。

「やっぱり、少し疲れてるんじゃないのか?」

「なんだよー玖凪、風邪か?無理すんなよ」

図らずも、先日親愛な友人に対して心配した事を言われて蜜琉の頬が緩む。風邪などでは決してないけれど、今日は少し早く締めましょうかと笑う。

「でも、今日は土曜日だから7時までは開けておきたいわよねぇ・・・」

時計を見て悩む蜜琉に神風が、それじゃあと提案を持ちかける。

「蜜琉先輩は早めにあがったらどうだろう?俺たちでお店の片付けはできるし、鍵も閉めていくから・・・」

「そうだぜ、どーんと任せとけよ!」

「ナイスアイディアだね~!あったしも手伝うよ、にゃはは」

ありがたい申し出に、蜜琉はそれじゃあそうしようかしらと頷いた。
午後四時頃にエプロンを外して、後はお願いねと屋根裏にある部屋に上がる。
カフェの衣装を脱ぎ捨てて、ぱたりとベッドに倒れこむ。どうしても、違和感が拭えない。ベッドサイドのテーブルから春の頃にもらった小さなライトを取り出してカチリと回す。

「あ・・・」

いつもなら柔らかな光が灯るのに。
電池が切れているだけだと、ただそれだけの事なのに胸の奥で不安が膨らんでゆく。
今日もゴーグルの奥の綺麗なオレンジの瞳を見れなかった、それだけなのに。
少し考えてベッドから起き上がる。着替えを持ってお風呂場へ、シャワーを浴びて曇った思考をクリアにする。

「・・・・・・まあ、様子見て本人に聞いてみるのが一番よねぇ?」

「そうだね、言わなければ分かんないってマクギタールの友人も言ってたよ!」


そうだ、聞かなければわからないし、言わなければわからない。当たり前の事なのに、今の二人には少し難しい。
それでも、アミーゴに行ってみようと思った。居ないかもしれないけれど、気に病んでグダグダしているよりはずっとマシだ。
それに単騎駆けはずっとやっていなかったし、久しぶりに一人で行くのもいいかもしれない。
そう思いながら髪を乾かして、お気に入りの蝶をモチーフにしたコンチョで高めの位置に結った髪を縛る。細身のジーンズに薄手のニット、寒くないようにロングカーディガンを羽織って鞄を手にして財布と携帯、IGCが入っているのを確認する。
時計を確認すると時間は五時で、外はもう暗かった。
点かないライトも鞄に入れて部屋を出る、階段を下りてカフェの中に声を掛けた。

「ちょっと出かけて来るけど、7時になったら締めちゃっていいからねぇ!」

「お、なんだよ具合悪いんじゃねぇの?」

「大丈夫よぅー!!野暮用があるの、それじゃ後お願いねぇ?」

慌しく扉を開けながらいってきます、と蜜琉が笑う。それを受けて、いってらっしゃいと笑う仲間に手を振って蜜琉は駅へと向かった。
行き先はアミーゴだ、電車で大した時間も掛からずに着く。先日も菫と行ったばかりの場所だ。
電車に揺られながら、自分はまだ居て欲しいのか、居て欲しくないのか考えていた。
居なければそれでいい、居たら自分はどうするのか。どうしたいのか――――。


アミーゴの最寄り駅に着いて、電車から吐き出されるように降りる。改札口を抜けて目的地に向かう、寂びれた場所に近付くにつれて人もまばらになってゆく。

目的地に着いて、ふっと息を吐きながら鞄からIGCを取り出して起動させる。
紅いブーツ、翻る黒いコート。静かに目を閉じる、広い敷地内で人の気配を探る。元々勘はいい方で、昔から物事を当てるのは得意だった。すっと目を開ける、奥の方だとざわりと何かが騒ぐ。
自分の勘を信じてラストの方に回る、確か非常階段から行けたはずだ。インカムを調整しながら歩く、直通の通路だから目指す場所は遠くなかった。

ガイン――――

鉄の塊が響く音だ、視界が開けて目の中に鮮やかなオレンジが飛び込んでくる。

「―――良将ちゃん?」

はっと振り向いた良将の姿に少し目を見張る。オレンジのツナギは薄汚れて戦いの跡を見せていたし、血の跡も見受けられたから。

「・・・あれからずっといたの?」

カフェの前で会ったのは何時だったか。確かピークが過ぎた頃だから二時過ぎだ、今はもう六時を過ぎる頃ではないだろうか。単純に考えても三時間以上ずっとここに一人で居る事になる。

「・・・大丈夫?」

「? うん。どうして?」

首を傾げて笑い返される、ちりりと胸のどこかが痛む。やっぱり何かがおかしい、見えない不安が膨れ上がる。

「今日は、おしまい?」

「ン、このままラスト」

「じゃあ、あたしも一緒に行っていい?」

一人に、したくないと思った。一人にするのが怖いなんて初めて思った。答えに詰まった顔が、より一層蜜琉にそう思わせる。だから、拒絶の言葉が来るなんて思ってもいなかった。

「・・・ごめん、今オレちょっと機嫌悪ィ。」

「その―――あんまり気も回せねェし、一緒に行っても面白くねェだろうし、だから」

明確な拒絶に一瞬どうしたらいいのかわからなくなる。それでも蜜琉は自分の我侭を、一人にしたくないと言う思いを通した。
もしもここで引いたら、もう二度と会えない気がしたから。会えない事なんてないだろうけれど、何かを掴み損ねるような、手のひらから何かが零れ落ちてしまうような気がして――――蜜琉は、自分に背を向けて歩き出したその背中を追った。

ピタリと立ち止まり振り返るその表情は困ったような顔で、お願いだからと蜜琉に告げる。
子どものように、嫌だと首を横にふる。

「頼むから」

そう言われても蜜琉は頑なに首を横に振った。我侭なのだとわかっていた、良将にとっては迷惑でしかないという事も。
それでも、ここで引いたらだめだとそう思ったのだ。ここで引いても、何時もの日常は戻ってくるかもしれないけれど、それ以上近付く事はきっと出来ない。だから、首を横に振った。
すっと気配が動いて、少し苛立ったように手首を掴まれ、そのまま外に連れて行かれる。振り払う事もせず、蜜琉はされるままに着いて行く。
建物の影に入り強い口調でもう一度、言う事を聞いてと、そう言われる。それでも、蜜琉はその言葉を聞き入れるつもりはなかった。
苛立ち紛れに良将がゴーグルを下ろす。傷口に触ったのか、こめかみから流れる血に、蜜琉がそっと手を伸ばす。

「・・・ここ、怪我してる」

「――――いい。いらない」

伸ばした手が掴まれる、いらないというその言葉が自分に言われたように感じて心が揺れた。完全な拒絶だった、それでも視線を外す事ができずに蜜琉は僅かに睫を伏せる。

「・・・いつものことなんだ、たまにすげー落ちるっつか、オレもともとそういうのあって。いらねェことばっか考えるし、自分のことばっかになって、」

深く息を吐くように、そう告げる表情は苦々しく重い。きっと自分には本当は言いたくなかった事なのかもしれない、自分の我侭は、そのまま良将を傷付けているだけなのかもしれないと苦しくなる。どうしていいのかわからないけれど、それでも手を伸ばしたいと――――

「・・・どうしていいのか、分かんなくなるんだ」

ゆっくりと手首を掴まれて、そのまま壁へ押さえつけられる。
強い力で掴まれて、酷く違う場所で驚いてしまう。
年下の明るい男の子、何時も自分にはどこかで負けていてくれる、そういう優しい子だ。
けれど、今目の前にいるのは蜜琉の知らない“男の人”だった。何かに傷付いた“男の人”の目で蜜琉を見ていた。
けれど、少しの違和感が混じる。なんだろう、何か、何かが――――

「笑ってて欲しいのに、オレがいるとアンタは泣いてばっかいる」

誰に言っているのだろうか。少なくとも自分が良将の前で泣いたのは一度きりだったはずだ。みっともなく泣く自分を困ったようにあやしてくれた人。
自分に宛てた言葉ではないのだと、そう直感する。

「アンタなんて、」

誰に言っているの?心がざわりと騒ぐ。

「アンタなんて、どっかオレの知らないとこで幸せになってればいいんだ」

知らないところで幸せになって。貴方が居ないと幸せになれないなら、どうすればいい?

悲しかった、哀しかった。
自分では近付けないのだろうか、手を伸ばしても届かないのだろうか。こんなにも近くにいるのに誰よりも遠い場所にいるみたいだ。

誰を、見ているの?ここにいるのに、誰を、あたしじゃない、誰かを。

視界がぼやけて良将の顔がよく見えない。頬を伝って、雫がぽたりと冷たいコンクリートに吸い込まれた。



僕が叫んでも
世界は何も言わずに
背を向けた

まるで僕を試すように
突き放した
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