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【2】さいごの果実 (後編) 

化石みたいに眠っている
開かれるのを待ち続ける

雨が降って
時は満ちて




「・・・あたしはいらないの・・・?」



ぽたり、ぽたり、と溢れては零れる雫と共に、ぽつりと呟いた。
悲しかった、哀しかった。
自分ではない誰かへ宛てた言葉でも、そう思うのならば良将が幸せにはなれないのではないかと。

一人で幸せになるより、そう願う人と一緒に幸せになりたいと思ってはだめなのだろうか。

おとぎ話の中でいつも誰かを助けて幸せにしようとする魔法使いを、じゃあ誰が幸せにしてくれるのかと幼い頃に思ったのを思い出す。
孤独で寂しい悪い魔法使いも、誰かが傍にいたらいい魔法使いだったのかもしれないと、そう思っていた。

一人なら寒くても、二人なら温かいでしょう・・・?

「・・・アンタが欲しいのは、オレじゃないでしょう?」

つきり、と胸が痛む。自分を見てくれていない事よりも、そんな顔をして、そんな言葉を言うその心はどれほどに傷付いているのかと。
そして、そんな言葉を言わなければならない相手を良将は好きなのだと思った。自分ではない、誰かだ――――
痛かった、どうして胸がこんなに痛むのか、蜜琉にはまだわからない。わからないのに、透明な雫がただ、頬を伝って落ちていくのだ。

「・・・何で泣くの」  

そう言って優しく頬に触れる手には何時も嵌めていてくれたバングルが見当たらない。そんな些細な事ですら、蜜琉の胸を苦しくする。知らない人を見ているようで苦しい。
なんで、泣くの?知らない、わからない。
濡れた頬を指で拭われる、尽きない涙を止めようとするように目元に唇が寄せられるのをまるで映画でも見ているように、ただされるままになる。
自分じゃない誰かにしている行為は、酷く優しい。

「殴らねェの?」

不思議そうな顔をしたまま、良将が蜜琉の頬を優しく舐めた。きゅ、と唇を噛み締める。
自分にしているのではないのだと、そう思う。優しく触れられれば、触れられるほど酷く心が痛んだ。
唇に触れるか、触れないかの辺りに口付けられる。蜜琉の心臓が鼓動を早める、意外かもしれないがそんな事はされた事がないのだ。一瞬、思考の全てが止まって良将を呆然として見上げると、目が合って優しく笑われる。
でも、それは蜜琉にとって残酷な笑いだ。自分に笑いかけたものではないのだから。
また、ぽろりと目尻から溢れた雫が零れ落ちる。それを追って、良将の唇が頬からゆっくりと顎に向けて滑り落ちる。
顎から首筋に唇が触れたその時に、蜜琉の喉がひくりとしゃくりあげるように震えた瞬間に軽く歯がたてられた。ゾクリとした感覚に蜜琉は動けなくなる。

「…代わりになって、アンタが幸せになれるんなら、それもいいかなって思ってたんだ。オレに向けた笑顔じゃなくても、アンタが笑うのは好きだったよ」

代わりになって、誰の、代わりになって?

『なれるんだったらなりたかった、良将のいる位置が、オレはずっと羨ましかったから』

次第に異国の言葉が混じりだして、蜜琉には聞き取れなくなる。ただひとつ聞き取れたのは、『ヨシタダ』というその名前。

『本当は知ってたよ、どうやったってオレはその位置には行けないって随分前から知ってた』

I know 知っていた、何を?
蜜琉にはもう聞き取る事ができない。それでも、異国の言葉を紡ぐ彼がどんどん心細くなっていくのをただ胸が痛いと思った。
幼い子どもが縋るように自分の体を抱き寄せるのを、突き放すことが出来ずにいた。

「I know・・・I know・・・」

泣くことができずにいる子どもだと、思った。また胸のどこがが痛くなって、頬を雫が伝い落ちる。

「良将ちゃん・・・」

震える声で、そう呼んだ。
その瞬間、強い力で掴まれていた手首が放され良将が後ろに飛び退くのを蜜琉は真っ直ぐに見つめていた。

「――――あ、」

どうしたらいいのかはわからなかったけれど、蜜琉の心を揺らす、目の前のどこかへいってしまいそうな寂しい男の人を繋ぎとめたかった。ゆっくりと近付いて、手を伸ばす。

「良将ちゃん、」

貴方の名前。

「良将ちゃん、」

止めない、貴方の名前を呼びたかった。

「良将ちゃん、」

その心に、少しでも寄り添いたかった。

苦しそうに、呼ばないでと言う良将を蜜琉は許さなかった。今、貴方を呼ばなかったらきっと帰ってこれないから。
目を逸らそうとする頬を蜜琉の指が優しく繋ぎとめ、視線を合わせて自分の瞳に良将の姿を映す。

「あたしを見て、」  

ここにいる、あたしを。

「あたしを見て、」  

ここにいる、貴方を。

あたしたちは、他の誰にだってなれやしないのだから。
腕を伸ばして、良将の背中に両手を回してきつくしがみつくように抱きしめる。ここにいるのだと、そう訴えるようにきつく、きつく。
温かい体温も、鼓動も、嗚咽も。
貴方を拒絶してなどいないのだから、どうか気がついてと蜜琉はただしゃくりあげる。
相手の気配が、少しだけ変わった頃に蜜琉がゆっくりと顔をあげて、そのまま良将を見上げた。

「・・・なんで泣いてるの、」

さっきと同じ言葉だ。けれど、それはちゃんと蜜琉に向けられた言葉だった。
自分は、この人を繋ぎとめる事ができたのだろうかと思いながら、また少し困ったように笑う良将に答える。

「わかんないわよぅ」

まだ少し流れる涙をそのままに、良将ちゃんのばか、と小さく呟いた。


イグニッションを解いて、アミーゴから駅へと歩き出す。すっかり冬の夜空になった空は星が強く光って綺麗だった。
たまに触れ合う指は冷たくて、自分と良将との距離のように思えた。
もっと知りたいのに、知る事ができない。
聞いたら、答えてくれるだろうか?はぐらかされるだろうか?
近付きたいのに、近寄れない。
魔法使いを、救えない。
それがまた寂しくて、泣きそうになるのをぐっと堪えて歩いた。

アミーゴから離れ、人通りの多い通りに出る。先に動いたのは蜜琉だった。

「ここまでで、いいわ」

バスも電車もまだ動いているし、一人でも大丈夫だからとそう少し目を伏せたまま告げる。

「・・・気をつけて」

頷いてそう言った彼に、今の自分にできる精一杯で僅かに微笑んでみせる。目の端に映ったバングルのない左手にまたちくりと胸が痛んだ。
良将が、そっと自分の左手を軽く上げる。

「・・・壊しちゃった」

大事なものを壊して、泣きそうになる子どものような目でそう言われてもう一度彼の左手首を見る。
お守りのようにしていたのを知っている、本当に大事にしていてくれたのも。
蜜琉は、するりと自分の髪を結っていた蝶の髪飾りを外した。ふわりと長い髪が風に舞う。
良将の左手をとって、その髪飾りを手首に嵌めてやる。黒の輪ゴムはきつくない程度に、すんなりとおさまった。

「また明日、ね?」

約束の代わりだと、いうように蜜琉はそう言った。

「――――ン、」

微かに頷いて承諾した良将に、蜜琉も頷いてじゃあねと歩き出す。

よかった、泣き出さないですんだ。そう思いながら駅に向かって歩く。
まだ心は落ち着かなくて、帰りたくはなかった。
でも、一人になりたくもなかった。
夜に放り出された子どものように、どうしたらいいのかわからずに電車に乗り込んで流れる景色を見ながら途方に暮れる。

「私では、色恋沙汰なぞ役に立たぬとは思うが困ったら今度こそ私に教えろ。わからんなりに一緒に悩むから」

そう優しい声で言ってくれた不器用で実直な友人を不意に思い出す。
場所は覚えている、迷わずに着けるだろう。
電車はもうすぐ蜜琉の降りる駅にさしかかろうとしていた。



ねぇ 僕は僕は知りたい
愛するってどんなこと
君が微笑むと
世界は少し震えて輝いた

まるで呼吸するように動き出した
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